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	<title>福岡のホームページ制作会社アドライズのブログ -ADLIZE BLOG- &#187; もっちー</title>
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	<description>福岡のホームページ制作会社アドライズが、インターネット上のニュースや、製作に関する出来事について書きます。</description>
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		<title>回想録（１０）</title>
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		<pubDate>Wed, 24 Jan 2007 02:51:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
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		<description><![CDATA[四季は常に巡り、イベントは繰り返し訪れる。それは、どのような業界に生きていても等しく迎えられる日常の起伏である。そう、例えばクリスマスも。率直に言おう。私は、俗に言われる「敗者」の側に立つことが多い人間である。 ４年くらい前のクリスマスイブ。我が社のなかで、勝者はただ一人だけだった。 午後7時。普段なら定時を過ぎても作業している、というか事務所に住み着いててほとんど外出しない代表が、そわそわと落ち着かなく席を立った。あのときの私は、その日が何であるかすら失念していた。年末の追い込みで締切が重なっており、私とＳＥ、「強く押す」バイト君は、ある意味世俗から離れていたと言っていいだろう。 「ごめん、今からまぁ、色々なんで、これでなんか食べて」代表から三人分の食事代を頂いて初めて、世間がお祭りだった事を思い出した。クリスマスの思い出。それは遠い日の花火。学生の頃の幻影に近しかった。いつもより明らかに、うきうきと事務所を出る代表。彼の背中を玄関で見送る我々は「ここは俺たちに任せて、はやくヘリに向かえっ」「そうだ、あいつらにとっちゃ、誰か一人でも取り逃がしたら敗北なんだからな！」「ったく、いつも背中を任せやがって！次はおごれよな！」と、一昔前のハリウッド戦争映画のワンシーンみたいな感じだったに違いない。当然残された三人は全滅、みたいな。 それはともかく、代表を送り出してしばし。協議の結果、我々は事務所近くのトンカツ屋にいくことになった。 トンカツ屋は、ご家族連れで混んでいた。通された席は、そんな幸せな人々からちょっと隔離されたような場所だった。「俺たちって絶対邪魔者扱いっすよね、空気になじんでないっすもん」バイト君の言葉は、我らの立場を、えぐるように的確に表現していた。店内のほうぼうから、小さな子供を連れた若い夫婦とおじいちゃん・おばあちゃん達の、トンカツにはしゃぐ子どもが可愛くて仕方ない、といったあたたかい言葉が流れてくる。対して我々は、おかわり自由の麦飯のおひつとキャベツを囲んで、もそもそとトンカツ定食をむさぼっている。 世に問おう。クリスマスは、誰かと一緒にいて幸せじゃないといけないのか？と。 仕事に疲れている人々は、いつものように、もそもそラーメン屋か定食屋で飯食って、もそもそ缶ビール飲んで、もそもそ風呂に入って、もそもそ非日常のすみーっこで「いつも通りの暮らし」を、遠慮がちに押し通さなきゃいけないのか、と。ちょっとの贅沢くらいいいじゃないか！こんな日くらい、松屋の牛丼とか、スーパーのパック寿司（399円）以外のモノを食べたっていいじゃないか！ 全然関係ないが、私は一年に12回ある「14日」のうち、日本人がさわいで良いのは12月14日だけだと主張したい。日本に生まれたからには赤穂浪士の大美談、忠臣蔵の四十七士を偲ぶことが筋ではないだろうか。というか8日後の正月を祝おうよ、みんな。クリスマスはもとより、それこそ2月や3月の軟弱な（出会いに乏しい三十路男のひがみと問題発言が延々と続きそうなので割愛）]]></description>
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		<title>回想録（９）</title>
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		<pubDate>Thu, 18 Jan 2007 04:39:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
				<category><![CDATA[もっちー]]></category>

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		<description><![CDATA[その年の忘年会は、悲惨なものだったらしい。なぜ「らしい」と付けているか。理由は、これから書く話の大半が、主にＳＥ氏と、当時のスタッフであるＨ田氏の証言に基づいて記されているからである。今後、あそこまで痛ましい数多くの「伝説」を遺す社内忘年会が執り行われることは無いであろう……、と、信じたい。 あの頃は皆、若かった。誰一人として３０代がいない、いかにも「ベンチャー企業」な瑞々しさ故か、その日は皆、いささか羽目を外しすぎていた。その瑞々しさは大学生の宴会のようになり、無茶な飲み方に繋がり……。次々に、惨憺たる悲劇をまき散らしていった。 ちなみにここからは、私自身の記憶によるところが無いため、時系列は不明である。 ●惨劇その１　【カラオケ店のトイレが……！】Ｈ田氏の証言によれば、カラオケ店のトイレを、私が内に秘めた「波動エネルギー」まみれにしてしまったらしい。 ただ本件に関して釈明させていただけば、その原因の一端はＨ田氏に依る所もある事を挙げさせていただく。元々、お酒は好きで飲む方ではあるが、ワイン以外の洋酒は苦手である。だがこの日のカラオケでは、Ｈ田氏の発案によって「カラオケしりとり」が行われた。ルールは、前の人が入れた曲名でしりとりをしていき、歌える曲が無かったり、前の人が歌い終わるまでに入力出来なかったらウイスキーを一杯飲む、という結構過酷なシロモノであった。昔からそうだが、私が歌えるレパートリーは偏っている。５年くらい前までは、いわゆるヘヴィ・メタルの楽曲は少なかった。入っていてもメタリカやメガデスくらいのもので、好きなバンド、例えばMANOWARや JUDAS PRIEST、IMPELLITTERIは無かったのである。……もっとも入っていたからといって、それが役に立つとは思えないが。ちなみにこのカラオケ店。その数ヶ月後に潰れてしまったため、今でも私は「あのせいで店を潰した」と云われ続けている。 ●惨劇その２　【携帯電話が七色に光った！】この光景は、私もわずかながら記憶がある。 カラオケ店を出た時点で、皆満身創痍だった。その中で最もダメージが大きかったのは、私と代表であった。私がトイレで大惨事を引き起こしたように、店の外では代表が内に秘めた「波動エネルギー」を四つん這いになってぶちまけた。ちなみに当時、代表は携帯電話を首からかけていることが多かった。 さて問題。首にモノをぶら下げた状態で四つん這いになったら、どうなるか？当然ソレは、重力に従い首を視点として垂直に垂れ下がることになる。そして垂れ下がった携帯電話は、ものの見事に「波動エネルギー」の射線上に入り……。 直撃。 だが代表は、泥酔し、正常な判断が困難な中でも解決策を模索した。おもむろに自動販売機で清涼飲料水（アクエリアスと云われている）を購入した。そして。 清涼飲料水で、携帯電話を洗った。 瞬間、携帯電話は、着信を伝える薄幸、もとい発光ダイオードをせわしなく点滅させたのである。その様子は、携帯電話の断末魔とも思われた。が、周囲は爆笑の渦に包まれた。 ちなみにこの携帯電話、翌日きちんと動いたため、代表はしばらく使い続けていたようである。 ●惨劇その３　【行方不明】本件においては、まったく記憶がない。 どうしたことか私は皆とはぐれてしまい、行方不明になった、らしい。完全にギブアップした代表を除いて、忘年会の参加者は方々を探し歩いてくれたそうだ。その際、誰かが私の携帯電話に「どこにいるのか？」「何か目印になるモノはないか？」と、たずねてきたという。 その問いかけに、何を思ったのか私は自動販売機に書いてあった製造番号だか機体番号だかを答えたそうである。我ながら、何を考えていたのかまったくわからない。っていうか、自動販売機の番号って何？後で話を聞かされて、自分が一番信じられなかった。元々方向音痴のきらいははあり、道案内は苦手とするところであるが……。我ながら、いくら何でもこれはあんまりだと思う。 ちなみに気がついたとき、私は自分の車の中に居た。二日酔いの頭痛もなく、なんだか妙にスッキリ晴れ晴れとした気持ちで。……思いっきり自分の車の右前輪に、波動エネルギー痕が残っていたが。 &#160; この３つの「伝説」は、何かしらの宴会をやるたび、未だに引きずり出される（主に私と代表の）過去の恥部である。だが、これ以降。というか後にも先にも、私は記憶を失ったり行方不明になったり、そんな他人様に迷惑をかけるような飲み方をした覚えはない。いや、まあ、覚えてないだけかもしれないが、つまりはそういうことである。 ……いやほんと、あの時はみんな本っ当にゴメン！]]></description>
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		<title>回想録（８）</title>
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		<pubDate>Wed, 17 Jan 2007 10:44:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
				<category><![CDATA[もっちー]]></category>

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		<description><![CDATA[さて、前回少しふれたのだが。我が事務所内には、大量の2リットルのペットボトルが散乱していた。確かに会社組織なので、労働者が持ち込む飲料の空き容器が大量に出るのは普通といえば普通であるが、我が社の場合は少々事情が違った。 社内から排出されるペットボトルの実に七割が、代表一人の手によってなされていたのである。 一言で言おう。代表は、極度の爽健美茶中毒者だったのだ。 彼の在るところ、常に爽健美茶（2リットルタイプ）有り。それこそ代表のデスクまわりはもちろん、台所、自動車の中、玄関……。その姿を見なかったのは、風呂場とトイレくらいのものではなかっただろうか。ひょっとしたら入浴中も持ち込んでいたかもしれないし、出しながら補充していた可能性も捨てきれないが、そこはそっとしておく思いやりである。とにかく、飲む。夏場なら一日平均2本は確実に飲んでいたし、冬でも一本半は間違いなく消費していた。 さて、それだけ膨大な量を消費するからには、莫大な補給を必要とする。私たちは、ほぼ月に一度、その「物資」の調達の手伝いを行っていた。近所の量販店に行き、爽健美茶（2リットルタイプ）を、箱買いしてくるのである。一箱につき、6本入り。一箱、12キログラム。それを、一回あたり6箱～10箱、まとめ買いするのである。昼間から、男が二、三人がかりでこれだけの量を買っていく。改めて言う。これは会社の福利厚生で買っているのではなく、あくまで代表の「私物」なのだ。それなのに、何も言わなくても。レジの人は毎回、何故か領収書を発行してくれていた。「違うんですっ！　すべてはこのヒトの体液になるんですっ！」エコロジー精神あふれる私は、領収書として渡される十センチ分の紙資源の無駄も許せないくらいの勢いで、そう言ってあげたくなる時もあった。「手伝ってくれたから、一本あげるよー」と言ってはくれていたのだが、その好意は辞退するのが常だった。何故なら貰ったとしても、代表が自分のものと勘違いして飲み干してしまうから。社内に爽健美茶を持ち込むことは、ある意味タブーだったとも言えよう。「代表のものに紛れて、どれが自分のものかわからなくなる」リスクが高すぎた。 当時の我々は、基本的にコップなんか使わずラッパ飲みを常としていた。思春期ラブラブ学園ストーリー全開な若くて可愛い女の子相手ならともかく、三十路前後の野郎同士で間接キスってのも、その、なんだ、ねぇ……。うすら悲しいものがありませんか？ ともかく、こういった事情から会社内には、ペットボトルが散乱する事に、ああ、少々追加しよう。「会社内には、うず高く積まれた爽健美茶の箱も散乱していた」「うず高く積まれた箱の山は、邪魔なことこの上なかった」のである。そして、こういった事情が、前述のＳ川氏を救うことに繋がったのである。 現在、我が社にはミネラルウォーターの給水器が「福利厚生の目的で」設置されている。福利厚生目的なので、スタッフ全員がその恩恵を受けている。だが、なんだか妙に減りがはやいような気がするのは……。気のせいに違いない。そう、きっと。]]></description>
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		<title>回想録（７）</title>
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		<pubDate>Fri, 22 Dec 2006 08:54:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
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		<description><![CDATA[Ｓ川氏というフリーの方がいる。我らの兄貴分にあたるような人だ。 もう何年も前だが、Ｓ川氏は銀色のＦＴＯに乗っていた。ＦＴＯ、ＦＴＯである。高級な車である。私なんかそのころ、軽い追突事故を起こしたものの、車検も近いし結構修理に金もかかるし、何より面倒くさいから、という理由で、ボンネットのフロントガラス側が2センチくらい開いている、どっかの駐車場に止める度に警備員さんから「ボンネット開いてますよ？」と親切心からの言葉に心を幾度となくえぐられまくった、哀愁漂う中古の青いアルトに乗っていたと言うのに。くそぅブルジョワめ、団結せよプロレタリアート！ ……話が嫉妬まみれの醜い方向に大幅にずれてしまいそうなので、戻す。 ある日、Ｓ川氏が夜中にふらりと遊びに来た。雑談をしていたら何故か近所の居酒屋で飲もうかという流れになり、その晩は大いに愉しんだ。ちなみにＳ川氏は車で遊びに来たそうで、近所のスーパーの駐車場に停めていたのだが、さすがに飲酒運転はマズイので、我々は全員事務所に泊まり、Ｓ川氏は電車で帰り翌日車を取りに来ることにして、その日はお開きとなった。 だが、それがいけなかった。 翌日の昼ごろ、みんなうち合わせなどで出払っていて、私しか事務所にいなかった時、Ｓ川氏がげんなりした顔で事務所にやって来た。「もっちー、ちょっといいかいなぁ？　これ、見てほしいんやけど……」普段のはつらつとしたテンションとは違う、明らかにヘコみ気味な口ぶり。いぶかしみながらも言われるがまま事務所の外に出ると、そこにはＳ川氏のＦＴＯが止まっていた。ボンネットに、さながら日の丸のような大きな赤い塗料をかけられた無惨な姿で。「え、いや、どうしたんっすかコレ……」「いま車取りに来たら、なんかこんなんされとってさぁ……」呆然とＦＴＯを見つめる二人。スーパーの近くには、確か中学校だか小学校があったはずで、おそらくはそこの悪ガキのいたずらに違いなかった。「しかしこれはまた……」いたずらにしても、程がある。「どうかいな、もっちー。これ、落ちると思う？」「んー、どうかなぁ……」持っていたちり紙で赤インクを撫でてみると、ずるり、という感じで延びた。赤い部分が拡げられたことに対してＳ川氏は少々憮然とした顔をしながら「あっ」と小さな声を上げたが、これは不幸中の幸いを示す事でもあった。やられた時間はわからないが、少なくとも自動車のボディになじんでしまうような塗料では無い。つまりは水性塗料ということである。「あー、多分これ赤いボールペンの中身っすねー」「え、マジ！？」「ええ、おそらく。だから、水洗いすれば何とかなるんじゃないっすかね？」Ｓ川氏の瞳に、生気がよみがえる。「あ、悪いけど落とすの手伝ってもらえるかいな？」「ええ、そりゃもちろんいいっすよ」だが事務所には、長いホースはもちろんながら、バケツも無ければぞうきんもない。住み着いている人間がいるにもかかわらず、人間の生活的見地からみれば何かが欠けている事を露呈してしまったが、とにかくそういう便利アイテムは無かったのである。そこで二人が目を付けたのは、事務所内に不自然なまでの量が転がっている、２リットルの空のペットボトル。それらは軽く20個はあったのではないだろうか。（何故そんなことになっていたのかは、次回に譲る）我々は次々にペットボトルに水を蓄えていく。それから手分けして、合計40リットルの水とキッチンペーパー１本を持ち、ＦＴＯの元へ走った。これだけで、嫌と言うほどの重労働である。「んじゃ、かけてみますね」ボンネットに注がれる水。「おおっ！」Ｓ川氏の歓声が上がる。透明な水は、バンパーからしたたり落ちる頃には真紅に染まっていく。「やった、やったよこれ、いけるよこれ！　よかったぁー」水をかけながらキッチンペーパーで拭い取ることしばし。ＦＴＯから、日の丸が消えた。 かくしてＳ川氏を襲った悲劇は、去った。だが、その跡には別の問題が発生していた。二人して動揺していたため、インクを洗い流す作業は事務所前の道路上でやってしまったのである。ボンネットから赤いものは消えたが、それはつまり、アスファルトを赤く染めたということである。他の住人がびっくりすることは間違いないため、我々はボンネットにかけたのと同量の水を運び、道を掃除する事となったのである。しかし道路上から完全に赤味をぬぐい去ることは出来ず、それらが完全に消え去るには、結局２回くらいの雨を待たねばならなかったのであった。]]></description>
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		<title>回想録（６）</title>
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		<pubDate>Wed, 06 Dec 2006 14:01:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
				<category><![CDATA[もっちー]]></category>

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		<description><![CDATA[彼は、言われたとおりに「強く」押した。 コンビニから帰ってきたスタッフをインターホンで迎えたのは、入ったばかりの新人アルバイト学生だった。事務所のビルはオートロックになっているため、その部屋の住人がインターホン越しにマンションのロックを解除しなければ中に入ってくることは出来ない。「すみませーん、どうやったらオートロック解除できるんですか？」そういえば、彼にはオートロックの開け方を教えていなかったのを思い出した私は、何気なく「インターホンの本体に付いてるボタンを押せばいいよ」と告げ、ありがとうございます、とお礼の言葉が返ってきた。次の瞬間。びりりりりりりりりりりりり！ともじりりりりりりりりりりりりり！とも聞こえる、大きな非常ベル音がマンションに響き渡ったのだ。 「ちょっと待ったっ！　お前、何押した！？」「え、だってここに『強く押す』って書いてあったから……」「はぁ！？」 驚きを隠せぬまま、事務所内に居たスタッフはインターホンの周りに集まる。彼の言うとおり、確かに本体上には、オレンジ色の透明なプラスチック板に白文字で「強く押す」とプリントされた小さなボタンが付いていた。ただしそのオレンジ色の板には、小さなかすれた文字で「非常ボタン」と但し書きがあった。そして、さらにその下５センチもない所には、それこそ名刺くらいの大きさをした、いかにも押しやすそうなボタンが、これでもか、というくらい存在感を誇示している。 「なんでお前、解錠ボタンと非常ボタンを間違えられるんだよ！」「だって、強く押すって書いてあったら普通そっちを押すでしょ！？」「押さねぇよ！　つーか気付けよ！　たかがドア開ける度に、お前はいちいちボタンを強く押してんのかよ！？」「書いてあったら押しますってフツー！」「フツーじゃねぇって！　つーかどうやってコレ止めるんだよ！」鳴りやまぬベルの中。あまりに脱力する彼の反論に対し、もはや皆、脱力の薄ら笑いを浮かべるしかなかった。結局どうやってベルを止めたのか覚えていないが、帰ってきたのに非常ベルを鳴らされたスタッフは「俺、もうこのまま泣いて帰ろうかと思いました」と、不服そうにつぶやいていた。その後の数ヶ月間、この新人アルバイトくんは様々な「常軌を逸した行動と発言」を披露し、我々を愉しませると同時に頭を悩ませてくれた。 今では専門学校を卒業し、東京の某ソフトウェア会社に勤務している彼だが、我々は内心、その会社でまたとんでもないことをやらかしてやしないだろうかと、懐かしくも思い出す事がある。]]></description>
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		<title>回想録（５）</title>
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		<pubDate>Tue, 05 Dec 2006 10:49:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
				<category><![CDATA[もっちー]]></category>

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		<description><![CDATA[「たすけてぇ～」ＳＥの弱々しい声が、事務所内に響いた。いつもと違うその声に、「何事が起こったのか」とスタッフ全員は助けを呼ぶトイレの前へと駆けつけた。この時点では皆、トイレットペーパーが切れていて出られなくなったんだろう程度の間抜け話と思い、ニヤニヤしていた。結論から言えば、この事態はニヤニヤでは済まなかった。 開かなくなっていたのだ、ドアが。調べてみると、どうやら鍵が壊れてしまったらしい。わずか3センチにも満たない木製ドアの向こう側。閉じこめられたＳＥは、明らかにいらだっているのが伺える。が、あまりにも情けない事態の発生に、スタッフはまず呆然とし次に大爆笑してしまった。そうするしか無かった。内側からも外側からも、どんなにノブを廻そうが、まったく開く気配を見せない。ドアの鍵は、普通の家庭によくある鍵の動作部分がドアノブの中心部分でむき出しになっているタイプであり、ハサミなりマイナスドライバーなりで捻ってやれば解錠できる構造になっている事は一目瞭然であった。ならば道具を、と、スタッフの一人が手近にあったハサミを鍵のスリットに差し込み、右に左に回転させる。だがＳＥは、個室の孤独から簡単に解決されるに至らなかった。スリットは何ら「ひっかかり」を感じることなく、虚しく一周、二周、と回転を繰り返す。繰り返す度に、今まで聞いたこともないような、金属片が転がる不愉快な鈴の音がかすかに聞こえてくる。 「ごめん、なんか本格的にぶっ壊れとるみたい」「うぅっそぉー、マジっすかぁ……」 大爆笑は、次第に気まずさと「これはマズい」という焦燥に変わっていった。ある者は「トイレのドアの開け方」をgoogle検索に走り、ある者は救出に使えそうな道具が無いかと工具箱をあさり、またある者は、ドアそのものの破壊という強攻策を提案した。それぞれが交代でドアの前に張り付き、思いつく限りの方法を順番に施す。何種類もの救助策とドアの構造推定が繰り返され、外のスタッフは一つの事に気がついた。このドアは内側から鍵をかけることで、ドアノブをひねると出たり引っ込んだりする部分をロックするタイプである。そしてこのロックは、件の部分を一度ドアの方に引っ込ませてやればどうやら解除出来そうである、という事だった。「じゃあ、これで」代表が取り出したのは、少し大きめの事務用クリップだった。クリップをＬ字型に変形させ、ドアと壁の隙間に差し込む。カチリ、と、金属が触れ合う。 「これで開かんかったら爆笑よねー」「ドアぶっ壊すしかないよねー」 代表の作業を見ながら、他のスタッフは気楽なことを言っている。 「ダメだったら、マジで蹴破りますんで」 閉じこめられているＳＥだけは、声にドスが効いていた。ここに至るまで、既に三十分は経過していただろう。代表が引っかかりを逃さぬよう慎重にクリップを動かしていく。ガチャリ。解錠を示す音が響いた。あわただしくノブが回転し、けたたましい勢いで、白いドアが放り投げられるようにスタッフ達に突き出される。「もうマジで勘弁してくれよ……」口には出さないが、疲れたような、怒ったような表情のＳＥが転がりだしてきた。 「あん時はマジ切れするより、弱っちい感じで助けを呼んだほうがおもしろいかなー、と思ってました」後にＳＥは、あの時のことをこう語った。心に余裕があるのか度量が広いのか、それとも強がりなのかはわからない。だが、トイレから出てきたときのうなだれっぷり。そこからにじみ出ていた「勘弁してくれ」感だけは、彼の正直な気持ちだったに違いない。 ちなみに開かなくなった原因は、留め金部分の金属が疲労し、折れてしまったことが原因だった。翌日出社した我々の最優先事項は、ホームセンターに赴き、新しいドアノブを調達することであったのはいうまでもない。]]></description>
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		<title>回想録（４）</title>
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		<pubDate>Wed, 15 Nov 2006 06:02:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
				<category><![CDATA[もっちー]]></category>

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		<description><![CDATA[運のいいヤツと悪いヤツ、というのはどこにでもいる。我が社の場合それが極端に現れたのは、猫だった。 今では代表の実家で飼われているが、天神に移転するまで我が社には「なぎ」という名の猫がいた。確か、2002年の事だったと思う。雑餉隈駅の近くで代表に拾われ、事務所で飼うこととなったのだ。代表が最もかわいがっていたにもかかわらず、意外にもこの猫の名付け親は、私だったりする。元々猫は好きだし、猫がいればのんびりするかな（あれ以上のんびりするのもどうかと思う側面もあるが）位の気持ちで「凪」の字を思い浮かべての提案だったのだが、メンバーの意向で「薙」の字がなんとなく採用された。そしてその意向は見事に名は体を表し「どんなヤツでも薙ぎ倒す」凶暴・凶悪な暴れ猫としてすくすくと成長し、恐怖のでぶ猫としてその地位を確立した。仕事していればいきなりかみついてくるわ、撫でればひっかくわ……。あまりの凶暴さに、「なぎ」はしばしば様々な「お仕置き」を受けた。頭に靴下を被せられ放置される、とか、2リットルペットボトルの製品パッケージビニールを被せられて放置される、とか、肉球にセロテープを貼られて放置される、とか。（そのたびに、代表に怒られた）拾われた猫にもかかわらず、「なぎ」は幸せだった。 その一方で、悲運をたどった猫もいた。名前を、「ねじ」という。茶色の雉猫で、しっぽの先がまっすぐではなく捻れていたため、この名が付いた。「ねじ」が事務所の庭に最初に現れた時、それはもう哀れなくらいやせ細り、ノミにたかられて皮膚が痛々しく腫れていた上、いじめられていたのか人間不信で近づいて来ようともしなかった。代表がえさを与えるようになると、「ねじ」は次第に庭を拠点として暮らし始めるようになった。が、野良猫故に明らかにノミを持っている「ねじ」は、事務所内へと招き入れられることは極めてまれだった。「なぎ」にノミを移されたくない代表の親心が、当初は勝っていた。しかし二週間位すると、「なぎも一匹じゃ寂しいだろうから」という意見もあり、「ねじ」は我が社に迎え入れられることが決定した。「明日庭に来たら、動物病院に連れて行ってノミ取りとか色々しようね」そこまで、決まっていた。 その日の夜。代表たちが夕食を取り、事務所に帰ってきた。事務所は、筑紫通りという交通量の多い道に面していた。「ねじ」は、その道の脇に横たわり、動かなくなっていた。代表によると、まだ、暖かかったという。ほんの数十分ほどの差に違いなかった。あと、少し。あと、数十分。あと、数時間。「ねじ」は、自らの知らぬところで用意された、飼い猫として、いじめられることも飢えることも、ノミに悩まされることもない、その代償として自由に出歩く事を制限される「幸せ」を手に入れる寸前で、車に轢かれて、逝った。遺体は、旧事務所近くの川縁に埋められている。 我々からすれば不幸な話である。だが、「ねじ」からすればどうだったのだろうか。怯えながらも、外の世界を自由に歩いてきた猫と、事務所の中しか知らない猫。「なぎ」と、価値観は違うはずに違いない。その答えは、事務所の中で共に過ごせなかったため、永遠にわからない。]]></description>
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		<title>回想録（３）</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Nov 2006 07:32:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
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		<description><![CDATA[仕事がなく、暇で仕方がない。だったら、何をする？我々は太宰府天満宮に梅が枝餅を食べに行ったり、背振山までドライブに行ったりと、大変有意義な時間の使い方をした。およそ社会人・企業人としてあるまじき方向性で。自分も含めたあの当時のメンバーを、いま、ここに連れてこられるとしたら。我々はまず間違いなく丸一日を説教に費やすことだろう。お前ら働け、営業しろ、アポ取れ、その他諸々、と。 設立して一年、二年目くらいまでは、皆若く、いや、幼すぎたのだろう。「会社組織」として活動しているという意識よりも「大学のサークル活動」の感覚が抜けきっていなかったに違いない。貧しさは、自業自得の賜物であるのは明白であった。大学卒業直後に仲間たちだけで起こしたベンチャー企業が次々と消滅していく原因の一つは、ここにあると確信する。ＩＴ産業の歴史が他と比較して極端に短いものである以上、この壁にぶち当たるのはある意味宿命かもしれない。組織が組織として運営されるためには、経験豊富な「大人」の存在が欠かせないという現実を、我々は身をもって体験したのである。 だが、あの頃みたいにふらぁっと太宰府天満宮に遊びに行きたいと思うこともある。締切が詰まって絶望的な気分になった時なんかは、特に。]]></description>
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		<title>回想録（２）</title>
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		<pubDate>Wed, 08 Nov 2006 04:20:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
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		<description><![CDATA[そして第三、これが最も致命的なのだが……。みんな、貧しかった。仕事がなかった……、いや、まったくなかったわけではない。決して。ただ現在と比較して、極端に依頼が少なかっただけである。設立当初のネットワークインフラは草創期にあり、ブロードバンドサービスが普及しはじめるかどうか、微妙な時期であった。故に、新進の技術に先見の明を持った経営者たちが「会社案内として」制作を依頼するケースが多かったのである。現在のように、飲食店や街の工務店でさえ「宣伝・サービスの一環として」ホームページを持つような時代ではなかったのだ。パソコン自体の普及も、とうぜん家庭までには浸透しておらず、ネットワーク自体も、電話線にモデムをつなぎ「みーぎょろろー、みぎょっ、みぎょぎょー、ぴーーーー、みぎょっ」という珍妙な機械音を聞きながら、ゆっくりと表示されていくページが現れるのを待つという、今では考えられないほどスローモーで牧歌的な通信手段でしかなかった。故に、ホームページというもの自体が、紙媒体の広告を急激に脅かすほどの力を持ち合わせてはいなかったのである。 以上、当時の世相を基にした自己弁護終了。 ただ、おしなべて暇だった。暇で、貧しくて、それでも、楽しかった。昼食は自炊に頼るしか無く、それもきわめて粗末なものが多かった。私が当時よく作ったメニューに、通称「水と粉」というものがある。近所のスーパーで売っていた特売品の小麦粉に塩を振って水で溶き、ごま油を敷いたフライパンで焼く。具が何も入っていないお好み焼き状の何か、とご理解いただけばいい。だがフライパンに生地を流し込む際にうまくカタチを作り、上手に焼き色を付けると、何となく「おっきな豚肉を焼いたもの」のように見えて豪勢な気分になったものである。実態は炭水化物のカタマリにしかすぎないのだが、その事実には目をつぶり続けた。そしてそれが、何日も続いたこともあった。時折遊びに来てくれるＳ氏がお菓子やジュースを差し入れてくれた時など、彼が神に見えたことすらある。今にして思えば……。いや、それは語るまい。だが、我らの精神的な強さが、あの頃培われたことは間違いないであろう。さながら、お笑い芸人の下積み時代のように。]]></description>
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		<title>回想録（１）</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Oct 2006 11:11:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ADLIZE</dc:creator>
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		<description><![CDATA[※この作品における人物、事件その他の設定はすべてフィクションであります 地下鉄天神駅から徒歩数分の距離に、この会社は事務所を構えている。４年前の私ならば、こう断言するに違いない。「お前ら、人生ナメすぎ」と。 ここで、当時を思い出してみる。まず第一に、事務所の所在地が違った。福岡市博多区麦野。ギリギリ福岡市だが実態は郊外都市、という街。そんな街のファミリータイプマンションの一室が、我らの職場だった。これはまあ、ベンチャー系ＩＴ企業にはありがちな状況なので良い。許容範囲だ。ただ、1階の１０１号室だったため管理人室と間違えられ、電気・ガス検針の許可を求められたのにはいささか閉口した。 第二に、押し入れに人が住んでいた。……とたんに雲行きが怪しくなったが、本当なのだから仕方がない。押し入れの上段には布団が敷かれ、小さな棚がしつらえられており、明らかに生活の香り漂っていた。彼が何故、押し入れに住んでいたのか。いやむしろ、何故そんな事が許可されてしまったのか。詳しい経緯を、私は知らない。「なあ、お前さぁ。そんな暗くて狭いとこより、自分ちの方が絶対よくないか？」当然の疑問をぶつけたことは、もちろんある。だが、確か彼はこう言っていた。「えー、だってお前さぁ、家からここまで通ってくるのダルくねぇ？」お説ごもっとも。だけど人として何か間違ってるだろ、それ。だが、代表も事務所に住んでいたので強くは言えなかった。]]></description>
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