さて、前回少しふれたのだが。
我が事務所内には、大量の2リットルのペットボトルが散乱していた。
確かに会社組織なので、労働者が持ち込む飲料の空き容器が大量に出るのは普通といえば普通であるが、我が社の場合は少々事情が違った。

社内から排出されるペットボトルの実に七割が、代表一人の手によってなされていたのである。

一言で言おう。
代表は、極度の爽健美茶中毒者だったのだ。

彼の在るところ、常に爽健美茶(2リットルタイプ)有り。
それこそ代表のデスクまわりはもちろん、台所、自動車の中、玄関……。
その姿を見なかったのは、風呂場とトイレくらいのものではなかっただろうか。
ひょっとしたら入浴中も持ち込んでいたかもしれないし、出しながら補充していた可能性も捨てきれないが、そこはそっとしておく思いやりである。
とにかく、飲む。
夏場なら一日平均2本は確実に飲んでいたし、冬でも一本半は間違いなく消費していた。

さて、それだけ膨大な量を消費するからには、莫大な補給を必要とする。
私たちは、ほぼ月に一度、その「物資」の調達の手伝いを行っていた。
近所の量販店に行き、爽健美茶(2リットルタイプ)を、箱買いしてくるのである。
一箱につき、6本入り。
一箱、12キログラム。
それを、一回あたり6箱~10箱、まとめ買いするのである。
昼間から、男が二、三人がかりでこれだけの量を買っていく。
改めて言う。
これは会社の福利厚生で買っているのではなく、あくまで代表の「私物」なのだ。
それなのに、何も言わなくても。
レジの人は毎回、何故か領収書を発行してくれていた。
「違うんですっ! すべてはこのヒトの体液になるんですっ!」
エコロジー精神あふれる私は、領収書として渡される十センチ分の紙資源の無駄も許せないくらいの勢いで、そう言ってあげたくなる時もあった。
「手伝ってくれたから、一本あげるよー」
と言ってはくれていたのだが、その好意は辞退するのが常だった。
何故なら貰ったとしても、代表が自分のものと勘違いして飲み干してしまうから。
社内に爽健美茶を持ち込むことは、ある意味タブーだったとも言えよう。
「代表のものに紛れて、どれが自分のものかわからなくなる」リスクが高すぎた。

当時の我々は、基本的にコップなんか使わずラッパ飲みを常としていた。
思春期ラブラブ学園ストーリー全開な若くて可愛い女の子相手ならともかく、三十路前後の野郎同士で間接キスってのも、その、なんだ、ねぇ……。
うすら悲しいものがありませんか?

ともかく、こういった事情から会社内には、ペットボトルが散乱する事に、ああ、少々追加しよう。
「会社内には、うず高く積まれた爽健美茶の箱も散乱していた」
「うず高く積まれた箱の山は、邪魔なことこの上なかった」
のである。
そして、こういった事情が、前述のS川氏を救うことに繋がったのである。

現在、我が社にはミネラルウォーターの給水器が「福利厚生の目的で」設置されている。福利厚生目的なので、スタッフ全員がその恩恵を受けている。
だが、なんだか妙に減りがはやいような気がするのは……。
気のせいに違いない。
そう、きっと。